82.仙里算総眼図

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資本収益率(r)が平均的に5%であることに対して、
経済成長率(g)は平均的に1~2%であるってこと。

ま~簡単に言えば、
どれだけシャカリキ働いて給与上昇を目指したとしても、
株式などによる投資のリターンには敵わないという話だ。

つまり?

資本主義を野放しにしておくと、
資本家とプロレタリアートの経済格差は拡大する他ない。
その論理的な帰結として、中流階級が消滅するわけだね。
それも中流階級が貧困層に取り込まれる形において……。

だからトマ・ピケティ氏は、打開策として分配論を――
資産へのグローバルな累進課税を説いているわけだけど、
彼の研究に膝を打った輩は素朴な知性をしていると思う。

というのも、
私は「こんな当たり前のことをクドクドと論証してくれて、
どうも、あ~り~が~と~」
と著書を読んで思った口でね。
(ちゃんと発売日の夜に買って、朝には読み終えていたよ)

正直、このことに関しては、私が特別に鋭いというわけではないと思う。
当時の標準的なビジネスパーソンも、私と感覚的には同調していたはず。
まあ、感覚的に分かることは論理的に説明できることを意味しないがね。
それでも日本国民を母数とした上位23%が肌感覚で分かる程度のことだ。

このことが米国でセンセーショナルな事件として迎えられた背景は――

1)プロテスタント――特にカルヴァン派における労働倫理観、
2)成長期の「勤勉に働けば豊かになれる」という実感と信仰、
3)それを包摂した「アメリカンドリーム」という国民的物語、
4)更に1980年以降政治的に浸透した「トリクルダウン理論」。

これらが複合的に作用した結果であり、日本とは状況が異なるのである。
だから、米国人と一緒に驚いていたビジネスパーソンは愚鈍極まりない。

ここで勘違いを正しておくと、私は一般大衆のことを見下してはいない。
仕掛ける側と仕掛けられる側に、明確な差異が存在することは事実だが、
私はプロとの対比において、彼らのことをやり玉に挙げているに過ぎず、
悪しざまに言うことはあっても、舌先三寸で何の感情も籠っちゃいない。
仕掛ける側が仕掛けられる側と同じ視座では成立しないという警鐘だよ。

まあ、これも私が大人になったから言えることなのだがね……。

私も昔は『呪術廻戦』の夏油傑のようなことを真面目に考えて苦しんだ。
弱者故の尊さと弱者故の醜さだったか――
夏油傑はその思考された可能性の先に「猿が嫌い」という本音を選んだ。
私は『チェンソーマン』の岸部のように「何も見たくねえ…」と思った。
だから弱者から距離を取って、隠者のように韜晦の日々を過ごしたのだ。
何年ほどそうしていたかは分からない。少なく見積もっても五年だろう。
そこでの仏教的な修行と思索の成果として、慈愛の境地に至ったわけだ。

要するに、いまの私は一般大衆のことを愛でるべき対象だと思っている。
ただ私と同じラインに乗るのであれば、プロとして審判せざるを得ない。

1)プロとして最低限のレヴェルに達していない人間は、行詰るからだ。
2)プロとして最低限のレヴェルに達していない人間は、害悪だからだ。

どちらにせよ、
感性も鈍ければ、ろくにモノを知らない人間は、舞台に立つ資格がない。

これまた語気が強いので勘違いされそうだがね?
本人がそのままでも危ういし、周囲に対しても悪影響だから言っている。
やめろとは言っていない。ただ足りないなら必死に足掻くべきだと思う。
それがビジネスをやる人間の責務というヤツだ。

顧客から掠め取ったお金を、使うことに必死になっている場合ではない。
お金は顧客により大きな価値として還元するために使わなければね……。
「学びて富みて、富み」とは、この循環を指して言っているわけである。

普通に知性を働かせれば分かることに対し、驚きを持って迎えるなよと。
「プロ驚き屋」と同じだけど、あいつらは確信犯でもパッパラパーだぜ?
見ているだけで、基本的なことが何も分かっていないのだと見て取れる。
(たとえば、中田のあっちゃんとか質ないよね)
真に分別が付く人間があれだけ醜悪になることは原理的に不可能だとも。

ひとまず――何かに驚いている人間の意見は右から左に流した方がいい。
なぜなら、私の日常に驚きはないからだ。全ては既定路線で進んでいる。
それなのに何かに驚くということは、未知なる遭遇があったということ。
正確に言うと、”ろくにモノを知らないから未知なる遭遇に思えた”だな。

冒頭の話に戻ると、そもそも資本主義のシステム自体ずっとそうだしね。

資本を社会に投下し、経済活動の中で運動させることで、
より大きな資本として回収する仕組みが資本主義でしょ?

改めて驚く必要はなく、最初から資本主義は格差を助長するものである。
そもそも、労働の方が効率が良いなら皆さん投資なんてしないわけでね。

で、投資とは、「いま多少の損をして、将来的に得を取ること」を言う。

「このことが殆ど理解されてない」という話を実はずっとしているのだ。
多くの人は感情を刺激するだけで中身のない情報をひたすら追っている。
いや……追っているというほど能動的なものでもないな。
“いま、ここ”の刹那的な刺激により強制的に酔わされているに過ぎない。
基本的な教養がないから情報の価値を雰囲気で判断するしかないのだよ。
「なんか重要そうなことを言っている気がする……!」ってお馬鹿さん。
そうではなく、あなたは長期的な視点から”三年先の稽古”をしなければ。

本日の教訓は「長期的な視点を持つ」ということになる。
繰り返し言うようだけど、「全ては修練の積み重ね」だ。

たとえば――急にデブにもならなければ、急にガリガリにもならない。
ダイエットは本来、カロリーの収支計算だけで片が付く。
それを短期的にどうにかしようと思うから失敗するのだ。
痩せ薬とかさ……生活習慣を変えなければ服用を止めたらすぐ戻るぜ?
これは比喩だが、意味のない新情報を追うのを止め、本質と向き合え。
人生の攻略法とは、どれだけ早くこのことに気付けるかだと私は思う。

長期的なリターンを選んだつもりが、それがゴミ株なこともあるがね。
その辺は私と話す機会がある時に、日々のルーティンを見せて欲しい。

ゴミ株、ゴミ株ね~?

たとえばだけど……私は最近まで月200冊ほど本を読んでいたのだが、
その200冊に漫画が含まれると思っているクライアントがいて驚いた。
私の中に漫画を読書としてカウントする発想が1㌨もなかったからだ。
もしこの勘違いが是正されていなかったら、
その人は積んでいるつもりで漫画を読み続けることもあり得たわけだ。

まあ、さすがに漫画は論外だとしても――
私から見たらレヴェルが低いビジネス書を読み続けることも不毛だよ。
それならば冗談抜きでシュガーマンやレビットを百遍読んだ方がいい。

UAの記事に関しても言えることだけど、
内容を理解せずサラッと読み流して冊数カウントだけ増やしてもねえ。
やっている感を出して自分すら欺こうとしているんだから恐れ入るぜ?

そして恐ろしいことに、内容を理解するまで読み込んで”半分”である。
学んだことを自分のビジネスに転用すればどうなるかを試さなければ!
というか、ビジネス書は基本的にその為に読むものだと思うのだがね?

なお今日は丁度”漫画day”だったので、戯れに読んだ本を数えてみた。
22時間ぶっ続けで溜まった漫画を読んでいたら186冊読めたよ~ん。
もし漫画も入れていいのなら、一日でノルマを達成できる計算になる。
そんな一日で達成できるようなことを私が己に課すわけがないだろう。

私の情報処理能力を甘く見過ぎである。

しかし、それと自分の積み重ねを比較したら、馬鹿らしく感じるかな?
まあ他人と比較しても意味がない――特に私のような人間との比較は。
常に過去の自分を乗り越えようとすれば、それでいいと思うのだがね。
少なくとも私はそうしてきた。それにより成長した結果がいまなのだ。
ぶっちゃけ私も最初の頃は、一日二冊くらいでヘトヘトになっていた。
時には自分の不甲斐なさに、頬を内側から噛み千切りながら読んだよ。
何度だって繰り返すつもりだけど、「全ては修練の積み重ね」なのだ。

本日の内容が掴みどころがなかったという方は、
「長期的な視点を持つ」という視点から再度読み直して貰えればなと。
あなたの日々の行動に、ビシッと一本の筋を通す指標になれば幸いだ。

終わりだよ。

みんなの音楽

本日の一曲は、アンジェラ・アキで『This Love』

個人的には『手紙~拝啓十五の君へ~』よりこちらが好き。

というわけで、また近いうちに記事を更新します!

PS:タイトルは、漫画『マテリアル・パズル』より。

仙里算総眼図とは?

断片をパズルのように組み合わせて、
空間内の出来事を完全に先読みする
主人公が有する最強の戦略眼のこと。

最後に――あなたのパズルの完成図には、
どのようなピースが必要か考えてみよう。

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